世界中の笑顔のために・・・人道支援に関わる日々を忘れないでいたい。そして伝えたい。想いのまま綴った日記です。


by emiemi0407
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原点と原体験

昨日、某国立大学の学生と話をする機会があった。
たまたま日本人で女性ということで
スタディーツアーでやってきた学生たちに
今後のキャリアプランなどについてアドバイスしてほしい、というもの。

NGOにいたときは
人前で話すこともよくあったものだけど
最近はもっぱらパソコンと社内システムがお友達で
人とディープなコミュニケーションをとることと疎遠になってしまっている私にとって
意外と刺激的な日になった。

人に自分のことを語るということは
改めて自分を見つめなおし、整理する作業が必要になる。
いわゆる仕事の面接を受ける前みたいな状態。
自分の過去を振り返り
それを分析する。

なぜ今の自分があるのか。
ターニングポイントはなんだったのか。
今後の自分はどうなっていたいのか。

ふと、ある人が「原点と原体験」について語っていたことを思い出した。
原点は今ある自分の原点。
原体験は今ある自分に具体的な動機付けを与えてくれた自分自身の体験。
これを忘れなければ自分がぶれないでいられるということ。

改めて口に出して伝えることで
忘れていた自分の中の大切な想いを思い出した。
また同時に、自分が達成したいことや
人生の中の重点ポイントがかつてとは違っていることにも気がつくことができた。

ただ、志を高く持った学生たちに伝えたかったのは
「夢は口にすればきっとかなう」ということ。
心に秘めているより口に出したほうがいい。
そうすると世界の軸がその方向に動いてくれるから。
そして別に特別な人間になる必要はない。
ただのごく普通の学生だった私でも
やりたかったことを実現できているから
誰にでもチャンスはあるんだよ、って伝えたかったんだ。

同じくスピーカーとして呼ばれていた先輩が
あまりに素敵な人で
わたしも多少ビビッてしまったけれど
彼女と同じようにはなれなくても
彼女が教えてくれた「人生の点と線を明確にして自分の目標に向かって努力を惜しまないこと」
という言葉をきちんと自分にも言い聞かせて
成長する努力を日々続けよう、と思った一日だった。

思い切って博士課程にでも進もうかなあとか考えてるんだよね(独り言)
ここに書いておけばきっと実現する気がする?!
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# by emiemi0407 | 2012-09-07 22:23 | 独り言

雨の日の舟の旅

雨季のバンコク。
昨年ほどではないけれど
やっぱり雨がよく降る。

基本的には夜中に降ることの多かった雨。
最近は人間の通勤時間を狙っているのか
朝方や夕方に激しく雨が降る。
大抵一時間も待てば止むのでなにも激しい雨の中行動する必要はないのだけど
雨でも移動しなくてはいけないときもある。

ボートで通勤しているわたし。
雨の日はどうなるのかというと
雨でも普通にボートは動いている。
川なので風が多少強くても
波がそんなに高くなるわけでもないので
嵐の中でもボートは動く。

案外、雨の日のボートが好きなわたし。
雨が振り出すとボートの脇にプラスチックのシートがかかる。
たいていは乗客が自主的に屋根からひっぱってかける。
すると雨は吹き込むことなく快適な舟の旅ができる仕組み。

雨が降ると気温が下がるので少し肌寒くなる。
そうするとちょうどこのプラスチックシートが風よけになって
ボートの中があったかくなる。

薄暗くなれば豆電球がつく。

ほんわかあったかくて
薄暗い中にある優しい光が
なんとなくあったかい家族団欒の雰囲気を醸し出してくれる。
そんな雨の日のボートがわたしは好き。

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# by emiemi0407 | 2012-09-06 00:42 | Thailand
一年前に体験した人生初の瞑想トレーニング。
今回、会社が週末を使って瞑想トレーニングの旅を企画してくれたので
いつもはあまり社交的でない私も瞑想という言葉につられて参加してみた。

通常、初めて瞑想に挑戦する人は10日間という厳しい修行を積む必要がある。
ただ、それは本格的に実施したい人向けで
タイのような仏教が根付いている国では
瞑想センターがあちらこちらにあって
さまざまなコースを提供しているらしい。

というわけで今回は2日間のコース。
10日間の壮絶な時を過ごした私からすると2日間は物足りないし
ようやく何かをつかみかけたころに終わってしまって少し残念な部分もあるけれど
得たものもあるので念のためここに記しておく。

まず、一番良かった点は「立ち瞑想」「歩き瞑想」の2種類を
通常の「座り瞑想」に加えて学ぶことができたこと。
初心者がつらいのは瞑想そのものよりも
同じ格好で床に座り続けることだと思う。
体のあちこちが痛くなってそっちが気になって瞑想どころではない、というのが
多くの瞑想修行体験者のコメントだと思う。
その点、立ち瞑想、歩き瞑想は体が痛くなることはないし
何よりも驚いたのは案外集中できる、ということ。
普段何気なく立ったり歩いたりしているとき
人は何を考えているのだろうか。
あまり自分が「立っている」という事実や
「歩いている」ということを意識して自分に言い聞かせることってないように思える。
でもそれを意識して、認識することで
過去や未来のことではなく現在の自分自身に意識を高めることができる。
これがまさに瞑想への第一歩につながる。

そして二点目。
昨年の京都では先生や周りに
「瞑想が達成できたとき、自分の頭の中がカルピスソーダみたいな
白いシュワシュワで包まれる」といわれていた。
邪心が舞う私の頭は白いシュワシュワどころか
透明にもならなかったのだけど
今回はなんとなくそのシュワシュワ感を感じることができたように思う。

しかし残念だったのはセッションのほとんどがタイ語だったこと。
今の会社で働いててよくあるのがあと一歩足りないアレンジ。
今回もその足りなさが露呈されていたようで外人もいるのに
結局80%タイ語だったのでせっかくのいいお話も意味がわからず残念。
しかも出発前の情報では「とにかく白い服を持ってくること」のみ。
えー、寝る場所とかさーもう少し教えてよ、という感じなのだけど
お得意の「マイペンライ~心配いらないよ~」
もちろん心配性な私は寝袋まで持参したのだけど
朝集合してみるとみんなほぼ手ぶら。
私一人、キャンプに行くんじゃないかと思われるような大荷物を抱え
結局そんなものは必要なく、シャワー・トイレ付き個室、という
非常に快適な環境での旅でした。
食事もベジタリアンだけどしっかり味付け(つまり辛い)でおいしいし
冷房は効きすぎて寒いし
まあタイらしいおもてなしのある環境での瞑想でした。

さて、最近すっかりブログの更新を怠っている私だけど
自分の日記を読み返してみて改めて
1年前の瞑想修行について思い出すことができて
こういう備忘録って便利だな、とかいまさらながら思った私。
(私、あの時毎晩和田あきこを夢に見てたんだーとか。笑)
ツイッターでは記録しきれないこと、ちゃんと書いていきます。
しかし誰がこんな不定期更新のマニアックなブログを読んでくれているのかわからないのだけど
毎日それなりにビジターがいるのはナゾでありありがたいことである。
昔と違って情報量の少ない自己満足つぶやきブログ化しているけれど
今後ともお付き合いください。

ちなみに今回参加した瞑想センターはここ。
The Young Buddhists Association of Thailand under the Royal Patronage Center
実はかなり家から近い場所にあるらしい。
12月には英語のセッションもあるので興味がある方はどうぞ。
上述のように施設は快適。手ぶらで瞑想できちゃいます。
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# by emiemi0407 | 2012-09-02 22:59 | 趣味

初体験@バンコク

バンコクに住み始めてから
ずーっと気になっていたアレ。
ついに禁断のアレ、してしまいました・・・







それは
「バイクタクシー」
バックパッカーのバイブル、ロンリープラネット(地球の歩き方の英語版的なもの)にも
「タイでやってみたいこと」ランキングトップ10に入るこのイベント。
意外とびびりな私はなんとなく危険な気がするのと
根は真面目な私は「セキュリティオフィサーから使っちゃいけないっていわれてるし」という理由で
一度も乗ったことがなかったのです。

ザンビアのルサカでさえ、ミニバスに乗ったのってたぶん一回くらいしかないんじゃなかろうか・・・

しかーし。
背に腹は変えられないというか
どうしても急ぎの用事があり、
しかもそんなときに限ってタクシーが捕まらない。
というわけで思い切って乗車することに。

バイクタクシーはルールがないようでいて細かい規定がある。
値段は一律で設定されているし
人が集まるところでは乗車場所が決まってて
ちゃんと並んで順番を待たなくてはいけない。
意を決して列に並んだのに
私の順番の前でバイクがみんな出払ってしまった。
私のこの超不安な気持ちを察しているのか
乗らないほうがいいという暗示なのか・・・

するとトゥクトゥク(三輪車)が登場。
なんとバイクタクシーと同じ値段で行ってくれるという。
お、ラッキー♪と思うけれど
しばらく進んでから渋滞でまったく動かないことに気がつく。
間に合わないかも・・・と落ち込んでたら
何かを察したのか、気持ちが変わったのか、
トゥクトゥクのおじさんがたまたま隣に走ってたバイクを捕まえて
「これに乗ってけ。」と乗り換えを指示された。

何がなんだかわからないままついに、記念すべきバイクタクシー(?)乗車。
(っていうかただのバイクなんだけど)
でも代金支払ったからタクシーか。
車の中を縦横無尽にすり抜けて
かなりのスピードで走るバイク。
決して快適ではないけれど
早いことは早い。
あまり頻繁に利用はしたくないけれど
今後も緊急時には利用させてもらうことになるかもしれない。
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# by emiemi0407 | 2012-08-30 22:49 | Thailand

日常と非日常

日本以外の国に住み、働くということ。
それは間違いなく非日常であり
特別な体験をしていることになる。

しかしそれが長年続くと非日常が日常になり
全く違和感を感じることなく生きていくことになる。

これにはいい面もあり悪い面もある。
いい面は仕事で海外に住んでいるわけで
しかも異文化な人々と働くわけで
そこにいちいち驚きや不安を感じていたら
生きていくのは非常に難しい。
そういった意味で環境適応能力が高く
どんな環境でもすんなりと生活していくことができる能力があるということは
ストレスを感じずに生きていけるという意味でとても重要である。

しかし一方でせっかく異文化体験をしているのに
それにまったく感動をしないというのはいささかさみしいことのようにも感じる。
自分では全然不思議とも思わないことに
日本から来た友人が驚いていたりして
そこで初めて「あ、確かに面白い」と思ったりする鈍感さが
自分には身に付きすぎているような気が最近していた。

とくにここバンコクの生活は快適すぎて
東京同様、もしくはそれ以上に便利なので
違和感など感じる必要もなく日々を過ごしている。
そして過ごせば過ごすほど見た目も現地化しているようで
黙っていれば誰しもが私をタイ人だと思うようになった今、
もはやここは外国ではなく自分の住む自分の町になりつつある。

気が付けばバンコクに赴任して一年以上、一週間以上バンコクを離れたことはなかった。
ときどき出張で地方にいったり
日本に帰ったりはしていたものの
今回の約3週間にわたる夏休み以外はずっと同じ家で、同じ町で暮らし続けていたことになる。

そんな私が久しぶりにバンコクに帰ってきた。
すると人間というのは正直というか適当というか
あんなに現地化していた自分なのに若干日本人的感性が戻ってきた自分に気が付いた。
ぼーっと道を歩いていたらうっかり道路で寝ている人を踏みそうになったり・・・
(もちろんそこで「人が寝てるのかい!」と驚く自分もいた)
日本の改札機を通るつもりでカバンを前にしてのんびりあるいていたら自分が挟まったり・・・
(バンコクの改札機、ドア閉まるの早すぎですから!)
全然タイ語が出てこなくなってたり・・・
(これはもともと?)
些細なことを新鮮に感じてる帰国したての私。

ちなみに日本に帰ったときは逆カルチャーショックに襲われてたけど・・・
たとえば
-タクシーに乗る前に助手席のドアから行先を告げそうになる
-さらにタクシーのドアを自分で閉めてしまいそうになる
-改札を通るときに思わずカバンを上にあげてしまう
-ゴミが落ちていない町に感動する
などなど。
ちなみに日本で一番驚いたのは姪っ子とプールに出かけたとき。
今どきの公共プールっていろいろとルールがあって厳しいんですね。
-アクセサリー禁止
-写真撮影禁止
-水泳帽以外の帽子禁止
-日傘禁止
-先がとがってるビート板禁止

一歩動けば「ダメ」といわれるので何をするにもびくびくしてしまったプールでの出来事でした。
とはいえ、日本に帰れば日本のことが好きだなあと思うし
バンコクに帰ってもやっぱりバンコクが好きなあだと思っている
幸せな私。
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# by emiemi0407 | 2012-08-27 23:14 | Thailand

2年目突入

皆様にご心配をおかけしましたが
その後順調に回復し、もうすっかり元気です。
といいたいところだけど、免疫力が低下しているのか
ちょっと涼しくなっただけで風邪をひいたり
またしても腰痛に悩まされたりしている日常です。

さて、気が付けば、国連職員になってからあっという間に1年が経過しました。
日本を経ったのがついこのあいだだと思ってたのに
2年目の契約更新手続きをしたり
アパートの更新手続きをしていて
少しずつ、ああもう2年目に突入しているんだ、と感じ始めました。

今思えば仕事がなく暇でひまで仕方がないと言っていた1年前。
そうこうしているうちに洪水支援が始まりようやく忙しくなった。
そしてその洪水支援も来月で終了する。
自分はなんでここにいるのか、何のためにいるのか、
そんな自問自答を繰り返した一年だった。
自分の専門とは全くかけ離れた農業という世界。
緊急支援なんて誰も興味を持っていない環境で働き続けることは
一人文化も言葉も違う環境に放り出されているのと同じで
頼れる人もおらず孤軍奮闘してきた。
一方で20代のころもっていたファイティングスピリットのようなものはまったく持ち合わせておらず、
長いものには巻かれろ精神でただひたすら平穏に日々が過ぎるように祈ってきた日々。
でも心のどこかで納得していない自分は
さりげなく現状に反発してみたり
悶々と悩んだりしてきた日々だった。

そんな中、先週、カウンターパートである農業省の人との会議で
洪水支援のレビューをしていたときに
担当局の代表から
「君からはたくさんのことを学んだ」と言ってもらえたことは
私にとって大きな励みになった。
本当にこれでいいのか、という思いを抱えながらも
精一杯の力と限られた知識を振り絞って作った事業。
丁寧に実施してきた事業。
これに対して受け入れ先の政府の方が感謝をしてくれて
そして人々の役に立ったと言ってくれたことは
今の仕事を始めてから一番うれしかった出来事だった。

組織からしてみたらはっきりいって何のメリットもならなかった行動もしていたかもしれない。
自分のプロジェクトを各種ドナーに売り込んで
結局は自分の手元で実施できたわけではないけれど
政府を通じてそのプロジェクトが実施可能になったこと。
それは知っている人しか知らない私の散々の努力の結果だった。
でも誰がどう評価をするにしても
それが被災者の役に立ったと知ることができて
そして感謝してもらえたこと。
これからの政府の支援モデルとして使いたいと言ってもらえたこと。
事実を知っている人だけがわかることだけれど私はそれでも初めて自分の仕事の意義を感じることができた。

最近、人の就職相談に乗ることが多い。
自分自身も1年後の行く末を案じて就職活動を始めたり
不安になることも多いけれど
アドバイスをしながら
案外自分の仕事が嫌いじゃないことに気が付いた。
住めば都、というか
結局私はどこで何をするかより誰と働くかが一番大切だということに改めて気が付く。
幸い、理解のある心優しい上司の下で働くことができて
癖がある人もいながらも基本的にはやさしい同僚と働けて
結局私は恵まれた環境にいるんだな、と思ったりしている。

なんだかとりとめのない日記になってしまったけど
こんな感じでタイでの生活が続いています。
何よりも、生活のストレスがまったくない環境で生きていけることに喜びを感じている。
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# by emiemi0407 | 2012-07-24 22:27 | 食物と農業
2012年初の投稿になってしまった。
なにか珍しいことがあれば書こう書こうと思いながらも
FacebookやらTwitterやらほかのツールで友人たちとつながることができると思うと
ついついブログの更新を怠ってしまう。

さて今回の更新は私の仕事関係の日記とは逸脱するけれど
これは特筆すべきネタだと思い、
記録のために記載する。

それはわたしの体のこと。
2012年、仕事はすこぶる順調(退屈?楽勝?)で特に大きな事件もなかったのだけれど
プライベートでは大きな変化があり、
それはとてもすばらしい出来事でもある一方
ちゃんと自分のことは自分で管理していかなくてはいけないと
逆に強く思うようになった変化でもある。

昨日わたくし手術をしました。
理由は体の一部に腫瘍がみつかったため。
80%以上が良性とはいわれるものの
取り除くことに越したことはない、ということで
あまり深く考えず予約を入れて手術をすることにした。
手術日が近づくにつれて「やっぱやめとこうか」などという気持ちも出てきたけれど
今やらなければ一生やらない(もしくは手遅れになる)と思い
一人、ここバンコクで病院に乗り込んだ。

まずは急患受付にて予約表を渡す。
すると、受付のお姉さん、驚いたように
「おひとりですか?」
(ええ、そうですが何か?)
とその後、名前、生年月日、妊娠の有無、身長、体重を聞かれ心電図撮影へ。
そこでも同じことを聞かれる。
心電図担当のおにいさん(正確にはあれはおかまちゃんでした。)
「おひとりですか?」
(見ればわかるでしょ?そんなに驚かなくても・・・)
とまた同じ質問を繰り替えす。
そしてさらに介添人ならぬ世話役のおかまちゃん登場。
(ちなみにここはタイなのでべつにおかまちゃんが登場することに特に違和感はない。)
「あら?一人なの?」
(放っておいてください・・・)
その後、毎回担当者が変わるたびに同じ質問をされる。
一人、という質問に加え、そのほかの基本事項も・・・
カルテ見てくれよ!こっちは点滴やらなにやらで身動きとれないんだから~と思いながらも
毎回名前、生年月日、妊娠の有無、身長、体重を答え続ける。

その日に学んだこと。
「タヒチと病院は一人でくるところじゃないらしい」
(注:「おひとり様ですか?」の質問に快く回答し続けることができる人は除く。)

ちなみに最後に登場した麻酔医のおばちゃん。
「あなたの身長は163cm、体重は56KGで間違いないわね?」

身長も体重も全然違うから!!
麻酔はたしか体重によって量が変わるはずだからそこ、重要ですよ!と妙な冷や汗を感じた瞬間。

さて、長らく質問攻めにあったのち、ようやく手術室へ。
麻酔医のおばちゃん(身長・体重修正済み)に「ちょっと冷たくなるわよ」と言われて
確かに全身に冷たさが走ったと思ったらそのあとはすでに病室のベッドで寝ていました。
その間約2時間。
何が起こったのかまったくわからず
ただ目覚めた瞬間、体のどこもいたくなかったことが妙にうれしかったことを覚えている。

その後、病室でうとうとし始めたら始まった上の階の工事。
相当うるさく、まったくくつろげない。
工事をやめさせるのは難しいと思ったので
ナースに耳栓をお願いするが「すぐにやめさせます」というのでその言葉を信じて二時間。
ようやく止んだと思った時間帯はお昼。
きっとやめさせたんじゃなくてただのお昼休憩だったのでしょう。
当然1時を過ぎたらまた大騒ぎに。
別にもう元気だし退院して家でゆっくり寝たほうが休めるんじゃないか、と思い
「帰っていいですか?」と聞いたら「いいよ」とのこと。
とはいえ、もちろん退院手続きには長い時間がかかるわけで
結局夕方まで工事現場の音に悩まされながらぼーっとしてました。

最終会計。
結局予定よりも大幅にオーバー。
どうやら手術内容が急に変わったらしいとのこと。
いいんだけどさ、別に。
そこで妙に実感したことは
「働いていてよかった」ということ。
仕事は日々の糧を稼ぐものであって
贅沢はできなくてもそれなりのものを食べて寝ていけるだけのお金が稼げれば
それでいいとずっと思ってきた。
でも、こうして突然の大金が必要になった時に
悩まずにちゃんと支払いができることってこういう緊急事態に必要なんだと妙に実感。
いざというときに誰かに頼るのではなくて自分の生を自分で守っていくために
これからも働き続けることは大事だと感じた日でした。

そして家に帰って手術中の映像を記録したDVDを拝見。
自分の体の内部をこうして見つめるのはなんか変な気分。
そして妙にリアル。
診断結果は後日なので結局腫瘍が良性なのか悪性なのか、
もうこれいじょう治療は必要ないのか、などなど細かいことは全然わからないけれど
思いのほか、こうしてブログを更新できるほど
私は元気です。
ご心配おかけしました。
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# by emiemi0407 | 2012-06-24 11:53 | 独り言

ベトナム出張記

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ベトナムへの出張目的はネパールとおなじくOn the Job Training。
つまり大きな責任もなく上司についてまわって出張たるものを学ぶというもの。

今回の出張イベントは主に二つ。
一つ目は現地で働くスタッフたちとの会議。
二つ目は現地政府との話し合い。

詳しいことは内部事情なので具体的に話すことはできないけれど
いってみて知らなかった事実が発覚。
毎日燃え盛る森林火災にジョウロで水を注いでいるような感じ。

誰か一人の手に負えるものではないのかもしれないけど
責任のある人間が決断もせず行動も起こさない事実にただ驚いてがっかりしてしまった。

それでも現地の職員とも知り合うことができたし
尊敬できる先輩方との出会いもあったので行ってみてよかったとしよう。

あとびっくりしたことはベトナム政府で働く人々の教養の高さ。
タイ人と同じで残念ながら強いなまりのある英語なので聞き取りにくい部分はあるけれど
大臣級の人々はもちろん、
担当者レベルの人たちも
みんなそろって博士号をもっているという驚きの高学歴。
とある政府の研究所ではスタッフの半分以上がなんと博士だった。

アフリカの国々だと国費留学しても国にとどまらずに海外に高学歴の役人が流出してしまいがちだけど
こうやって国のなかにきちんとブレインが残る、というこの状況が
短期間で中所得の国へと発展した理由のひとつなんだろう。

わずか十年で食料の輸入国から世界で二番目の米の輸出国へと発展したベトナムは
今では世界のモデル国として注目を集めている。
その経験と知識を求める途上国は多く、そういったニーズに対応するためにベトナムは多くの南南協力を実施している。
南南協力とは先進国から途上国への支援ではなく途上国同志がその経験を共有し発展に活かすというもの。
かつては支援をうけるばかりだった国々が成長し独自の経験を活かして同じような状況で悩む国のひとを助けるという支援の形態は各国の発展に伴い今後ますます増えていくのではないかと思う。

というわけで今回の出張は南南協力の実態をよく知るいい機会になった。

出張先のハノイの街並みは美しく
街角にあるおしゃれなカフェがフランス領だった名残を残していてかわいらしいエキゾティックながらもヨーロッパの香りのする街。

今回の出張でも素敵な出会いがあった。
お世話になった人々に感謝。

しかしハノイは毎日涼しくて心地よかったけどバンコクは暑い!
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# by emiemi0407 | 2012-03-30 21:08

ネパール出張記

ネパール出張記

ネパールでの感動を忘れないように早めに日記を書こうと思ってたのにだいぶ時がたってしまいました。

今回の出張は上司の出張について出張とはなんたるものかを学ぶというもの。
って散々各地を点々と出張してたわたし的には今さらなにを学ぶんだ?という感じではあるけど
いまの職場ではあくまでわたしは見習い的な(ジュニア専門家とよばれてます)立場にいるので自分主導でなにかをすることは一切許されていないわけです。

というわけでいわゆる研修旅行だったのでなにか成果を出さなくてはいけないというよりは上司のなりふりみて学べ、という出張でした。

ネパールに出張というと驚くほどたくさんの人にうらやましがられる。
飛行機嫌いなわたしにとって楽しいことが待ってるわけではない出張のためにわざわざ飛行機に乗るなんて苦痛以外のなにものでもないけど…

でも多くの人がうらやましがるその訳がいってみてよくわかったような気がする。
美しい景色、心優しい人々、マイルドな味付けの美味しい食事。
心穏やかに暮らすためのすべてがそこにある感じがした。

現地のスタッフにはなにからなにまでお世話になってしまって本当に感謝です。
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# by emiemi0407 | 2012-02-29 21:04 | 国連のお仕事

2011年を振り返る

まだ働いております@バンコク。
年末になってまさかの2本の事業承認。
初めて担当する事業のわりに複雑すぎる上にみんなお休みで誰も頼れる人がいなーい、という状況。
でもやっと、自分の仕事ができるようになったことがうれしくて
なんだか張り切っています。
バンコクは涼しくて毎日お天気ですごしやすい気候。
年末年始休暇を楽しむ旅行者であふれています。

2011年は誰もがいうように激動の一年だった。
経済不況や政治不安はもちろん、緊急復興支援に関わるものとしてはとくに
相次ぐ大きな自然災害は大きな影響力をもたらした。
3.11日本での大地震、津波そして原発事故。
9月から始まったタイの大規模な洪水。
この仕事を始めたころから私が住んでいる場所は治安が悪くなったり大きな災害が起こる現象が起こり始めた。
友人はこれを”Emi’s Effect”なんてからかわれたけど・・・
もとい、この歴史的な大事件の際にその地にいるということ。
そしてその問題の解決のために仕事をすることができる立場にいるということ。
世界平和なんて望みながら
自分には出来ることがないとただただ自分の無力さを感じていたころに比べると
憧れだけじゃなくて実際に自分の体を使って
世の中に貢献できるようになったことを素直にうれしいと思える。

被災者のことを考えると
自然災害起こって興奮したりやる気がでることは
不謹慎きわまりなくて
自分はなんて最低な人間なんだと常に思ってしまうけど
消防士さんが火を見て興奮するのと同じなのだと言い聞かせ
災害を決して喜ぶのではなく
そのために尽力することに興奮しているのだと思うようにしている。

3.11について多く語るつもりはない。
誰もが多くの影響を受けたであろうから。
ただ、3.11後、すぐに出張に出かけた遠いアフリカ、マラウィの地で
みんなに励まされたこと、
タイの洪水被災者から、自分たちの家がまだ水で埋まっているにも関わらず、
私が日本からやってきていることに感謝し、
日本の被災者のことを気遣ってくれたこと、
こういう世界と日本とのつながりがあることだけは
是非みんなに伝えていきたいと思う。
これもまた不謹慎ながら、改めて日本人でよかった、と思えることだったから。

自然災害だけではなく私の身にもたくさんの変化が起こった年だった。
タイで年明けを迎え(ただの旅行だったけど)
友人と住んでいた家を引っ越し久しぶりに実家に住みながら都内で働いていた私。
転職をし、自分には慣れっこないと思い込んでいた国連職員になった。
そして今、バンコクで働いている。
気がつけば転職は3度目。
着実にステップアップできていることを素直に喜び、
この機会を与えてくれたすべての人に感謝している。

そして、運命の人に出会った2011年。
2011年は私にとって一生忘れることの出来ない年になった。
最低なことが起こり続けた2009年、
いまいちだった2010年。占いどおり停止、の一年。
そして運気がようやく戻り続けた2011年。
3年間続いた大殺界を抜け、2012年はさらに運気が好転するはず。

たくさんのありがとうの気持ちを込めて。
今日はこれからちょっとスリランカに行ってきます。
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# by emiemi0407 | 2011-12-30 11:32 | Thailand