世界中の笑顔のために・・・人道支援に関わる日々を忘れないでいたい。そして伝えたい。想いのまま綴った日記です。


by emiemi0407
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11月4日Thu パリのアラファト議長

 数日前から、アラファト議長が
 血液疾患の治療のため、パリに到着したいうニュースで持ちきりだ。
 もっぱら、アメリカ大統領選か、アラファトか、というところ。
 
 ヘリコプターで到着したアラファト議長は
 出迎えた人々に向かって
 しきりに投げキッスを送っていた。
 彼は「すぐに戻る」といってパレスチナを経った。
 その姿を見ると本当に彼は戻ることが出来るような気がした。

 なんと彼が西岸地区を離れたのはなんと2001年11月以来。
 事実上、イスラエルにより軟禁状態に置かれていた。
 治療のため、といわれているが
 3年間の軟禁を解かれてパリまでやってきたということには
 大きな意味が潜んでいると感じずにはいられない。

 そして先日は議長の脳死状態が報道され、
 今日はしきりに
 病院側の「アラファトはまだ死んでいない」という
 ニュースが流れる。
 ザンビアのラジオではアラファトは脳死状態だと
 言われている。
 
 事実はわからない。
 けれど、きっと彼が
 生きてパレスチナの地を踏むことは二度とないだろうと思う。

 アラファト議長が
 決して優れた一国のリーダーとは言えない部分も多い。
 圧倒的な指導力を持つ政府が成り立たなかったから
 パレスチナ問題が長期化してしまったとも言える。
 オスロ合意でパレスチナが得たものは
 唯一、アラファト議長をパレスチナ国家の長として認めさせたことだという
 批判もある。
 けれど、少なくとも
 彼がパレスチナ国家の象徴であったことに変わりはない。

 死を覚悟で、パレスチナの地を離れた
 アラファト議長はどんな気持ちだっただろう?
 自由を奪われ続けた生活。
 一国のリーダーとしての尊厳さえも
 奪われてしまった。
 
 パレスチナの地。
 この地の持つ意味は深い。
 その地を離れ、
 死を迎えるなんてあまりに皮肉過ぎる。

 最後くらい、彼に自由を与えてほしかった。
 彼だけでない。
 パレスチナ人の自由。
 同じように生きる人を束縛する権利はだれにもない。
 
 アラファト議長の回復を心より望む。
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by emiemi0407 | 2004-11-04 22:14 | Peace